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下血

多分平気なふりは人生で割と重要なスキルだと思う。


人を見た目で判断する人には僕を病人だと判別することは出来ないだろう。


平気そうだから。


元気そうだから。


そんなわけあるか。


精一杯無理してんだよ。必死になって笑顔でいるんだよ。


でもそれももうそろそろ終わる。


いいよ。


未練はない。

| おけや | 22:51 | - | - |
力2

最近ずっと意識の根底に流れてるのはパワーバランスと正しい力の伝え方について。


得た力を、有り余る力を、物事を少しでも理想の方向に進めるために、ロスなく行使するための方策を。

| おけや | 08:02 | - | - |
従順

愚痴は零すけど行動は起こさない。


なぜなら他人にとっての私の価値は、

従順であることのみによって担保されているからだ。


ということを自覚しているのかいないのか。


ともかく、例え周囲の意にそぐわずとも断固として誇示できる、

自分の価値を身に着けなくてはいけない。

| おけや | 21:01 | - | - |
冷たい人間

何気なく生活していると、こっちのことを感情のある人間だと

思わない接し方をしてくる人としばしば会う。

 

押し売り。勧誘。酔っ払い。

 

なんだか周りがそうしてるので、そういう人相手にも

最低限の礼儀を持って接していたが、それは何年も前の話。

 

いつからか僕はそれらを人として扱うのをやめた。

 

だって不公平じゃないか。

 

どうしてみんな黙って耐えているのか。

「自分も相手を人と思わずに接していることがある」と思う節があるのか。

 

僕は欲しがらない人に何かを売りつけようとは思わないし、

信仰を人に押し付けようとも思わない。酒も飲まない。

 

だからそれらに対して、最初は無視し

(多くの人がするように「済みませんけど〜」というのからしない)、

しつこいようなら怒涛の剣幕で追い払う。

 

どうしてみんなそうしないのか不思議に思うようになった。

人にこの話をするとたいがい会話が終わってしまう。

 

 

ときどきふと我に返って、自分がものすごい冷たい人間になってしまったような気はする。

 

 

でもこれはすべて経験に基づいた判断、行動なのだ。

 

しつこい押し売りも、宗教勧誘も、絡んでくる酔っ払いも、

いちいち相手をするたびにひどく心を踏みにじられてきた。

 

相手は自分のことを人と思っていない。相応の扱いを受けるべきだ。

 

 

こうして日増しに人間の心を失っていく。

人間の心、ね。

 

 

人の気持ちを汲まないものを大事にはしない。

 

なら例えば認知症になった年寄りとか、軒先に巣を作る渡り鳥とか、

そういうのに対してもだんだん冷たく接するようになるんじゃないか。

 

実際なってきてはいないか。

そっちのほうが整合性が取れているものな。

 

 

冷たい人間。

| おけや | 21:01 | - | - |
差分

去年、起こったことの中で、起こると思ってなかったことを洗い出すために、一年前の自分の記憶が必要になる。しかしそれはとても困難なことで、起こったことは次々と記憶を上書きしていってしまう。


明日のことは分からないが、起こったことを最終的には受け入れて今があるという事実は、不確かな明日に対する用心をおろそかにしてしまう要因となっている。


今を、将来振り返ったときに鮮明に呼び起こすために、残せる方法は何だろうか。そんなことをぼんやりと考えている。

| おけや | 07:29 | - | - |

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